【戦後73年を迎えて】

私の父方の祖父は戦争末期に南方で戦死しました。実家にある祖父の遺影は、目元が私と似ており、確かな血の繋がりを感じさせます。
先日、靖國神社に正式参拝、そして静岡縣護國

 

神社の万灯みたま祭神事に参列しました。
それらの場所へ行くと、今の私よりも若くして戦死した祖父と、乳飲み子を抱え未亡人になった祖母、そして片親で戦後貧しい生活を送ったという父の事など、色々と想いを巡らす事ができます。

今年3月、清水遺族会からの要望で、地元忠霊塔公園において半世紀以上前に設置された慰霊碑のクリーニング作業と文字の墨入れを実施しました。旧清水市が設置した経緯が明白である為、静岡市には迅速に対応していただきました。

数日前の静岡新聞夕刊に、忠霊塔の記事が掲載されました。築59年が経過して老朽化が進んでいる為、静岡市が4年前から解体を検討しているという内容です。駒越の忠霊塔は、かつての浮月楼を設計した吉田五十八氏によるもので、迎山の地形を利用した大変スケールの大きい作品で、極めて芸術性の高いものとなっております。
もし修繕する予算がないからと安易に解体すれば、子供達に戦争を伝える手段の喪失と、静岡市の貴重な資産が失われることを意味します。そうならない為にも今後、地元自治会の皆様にも相談しながら、何とか保存出来ないか検討していきたいと思います。