和解の石

部分開通した羽衣海岸線を走ると、折戸地区と駒越地区の境に、和解の石と呼ばれる境界石があります。
「織戸西境浜境日記」によると、元文2年(1737年)漁場を巡り三保・折戸両村と駒越村が揉めた際、江戸評定所が双方の言い分を吟味して、現在の境を決めたとの由。

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